メシア信仰

分裂したイスラエル王国のその後のお話です。


イスラエル王国(北王国)は、紀元前722年にアッシリアによって滅亡。ユダ王国(南王国)は、アッシリアによる滅亡は避けられたものの、紀元前597年に新バビロニアに屈服。しばらくは独立国としての地位を保つも、紀元前586年にエルサレム神殿が破壊されその地のユダヤ人はバビロニアに連行されてしまいました。この出来事をバビロン捕囚といいます。


モーセの十戒の時にお話した出エジプトの場合もそうなのですが、イスラエル人は再び異民族の支配に屈することになりました。当初は、すぐにカナーンの地に戻れるという楽観論も流布していたようですが、現実はそう甘くありませんでした。イスラエル人たちの民族的危機感は否が応でも高まらざるを得なかったのです。


そんな時繰り返し警告を与えた預言者がエレミアやエゼキエルです。イスラエル人達の民族的危機を乗り越えるには、モーセが神と交わした契約に立ち返らなければならないとする訴えは、イスラエル人たちの民族としての団結を強化しました。そうした過程を踏み、民族宗教としてのユダヤ教が確立したのです。新バビロニアがアケメネス朝ペルシアに滅ぼされ、ユダヤ人たちはバビロニアから解放されることになるのですが、そうした民族的危機を乗り越えることが出来たのは、預言者たちの力によるところも大きかったのではないでしょうか。


(*ユダヤ人という呼称は、バビロン捕囚以後から用いられるようになりました)


さて、モーセと神との契約について振り返って見ましょう。
http://xn--nckya8b3h.seesaa.net/article/51952716.html

モーセと神との契約は、イスラエル人が神の定めた律法に従う限り神はイスラエル人を救済してくれるという契約でした。この考えが、ユダヤ教の根本をなす考え方となるわけですが、バビロン捕囚以後も、ユダヤ人たちは異民族の支配に屈さねばならない状況に置かれていました。ユダヤ教自体が確立し、ユダヤ人たちは十戒を典型とする律法を忠実に守っています。しかし、現実にはまだまだ苦しい状況が続いている…


そんななか生まれてきたのがメシア信仰です。メシアとは救世主のヘブライ語。すなわち、モーセと神との契約に基づいた信仰を元とし、早く救世主が現れて救済してほしいという、メシアを待望する信仰が生まれてきたのです。実はこの信仰が、キリスト教が生まれる際の重要な背景となったのです。先にお話してしまいますが、イエス=キリストとは、「イエスはキリストである」という意味です。

そして、
救世主→メシア(ヘブライ語)
救世主→キリスト(ギリシャ語)

つまり、救世主=キリストなのです!


次回は、いよいよイエスの登場です。

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イスラエル王国の栄華

キリスト教の成立というカテゴリーでお話してきているところですが、もう少しでキリスト教が出てきます。あと数回、ユダヤ教のお話が続きます。


さて、前回はモーセの十戒の内容についてでした。旧約聖書はユダヤ教のみならずキリスト教の聖典でもあるので、ユダヤ教・キリスト教いずれにも大きく関わってくるお話でした。


イスラエル人は、エジプトから脱出する途中に十戒を授かったのですが、十戒とは、イスラエル人が神の定めた律法に従う限り神はイスラエル人を救済してくれるという契約の証です。


ところで、エジプト脱出後のイスラエル人の歴史はどうだったかといいますと、しばらくは順調だったようです。紀元前10世紀頃にはカナーンの地にイスラエル王国を建国し、ミケランジェロの彫像で有名なダヴィデ王や、その息子である知恵に優れたソロモン王の下で栄華を極めました。ソロモン王は、有名なソロモンの神殿を築いたりもしました。エジプトのシバの女王がイスラエル王国に訪れ、その栄華とソロモンの知恵に驚いたともいわれています。


ところがそのイスラエル王国も長くは続かず、イスラエル王国(北王国)とユダ王国(南王国)とに分裂してしまいました。晩年のソロモンが、異教徒の女性を側室にしたことが神の怒りにふれることになったとも言われています。


そうしたイスラエル人の状況に呼応して声高らかに叫んだ人たちが、イザヤやエレミア等の預言者たちです。彼らは、神との契約を忘れ信仰を見失いそうになった人たちに、信仰の大切さとイスラエル民族のまとまりの必要性を訴えたのです。


次回は今回の続き、バビロン捕囚のお話です(今回および次回のお話の『旧約聖書』における該当部分は、「サムエル記」・「列王記」および「歴代誌」です)。

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モーセの十戒の内容

『旧約聖書』はキリスト教の聖典でもありますので、モーセの十戒の内容は、ユダヤ教のみならずキリスト教にも多大な影響を与えています。モーセの十戒が端的に記されている場所は『旧約聖書』の「出エジプト記」第20章です。


十戒の内容は次の通りです。


1.あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
2.あなたはいかなる像も造ってはならない。
3.あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
4.安息日を心に留め、これを聖別せよ。
5.あなたの父母を敬え。
6.殺してはならない。
7.姦淫してはならない。
8.盗んではならない。
9.隣人に関して偽証してはならない。
10.隣人のものを一切欲してはならない。
(新共同訳)


数字は便宜上付けました。まず、1.から4.ですが、宗教的義務を課しています。


1.はヤハウェのみを神とするということですから、ユダヤ教およびキリスト教(そして後のイスラームもですが)が一神教であると明言されているわけです。


2.は、後々これを元に偶像破壊令などが出されたりしましたので、芸術的観点からするとかなりの損害を引き起こした戒めかもしれません。ところで、神はいかなるイメージでも捉えることが不可能な存在なのでいかなる像でも表しえません。しかし、もし神の像を造り拝んでしまったとすると、ある意味偽の神を拝むことになってしまいます。それを禁止した戒めだと捉えるのがよろしいのではないでしょうか。


3.は、神を軽々しく扱うなという戒めだと読めます。魔術的伝統とも重なりますが、「言葉」にはパワーがあるとする流れが、西洋のみならず日本にもありますよね(言霊など)。だとすると、神の名を軽々しく唱えることはできないとされるのは当然かもしれません。そしてこの戒めを元に、ユダヤ教では神の名YHVHは発音してはいけないとされるのです。


4.は、『旧約聖書』における冒頭の書「創世記」の神による天地創造の場面を踏まえた戒めで、神が行ったように人間も活動せよ─つまり、神を模範とせよ─と読める戒めです。


1.〜4.に付いては他宗教の人間からすると理解しがたい面もあるかと思いますが、5.〜10.は宗教的義務ではなく倫理的義務なので、特に解説はしなくても良いでしょう。


十戒全体を通して厳しい命令口調(それもほとんどが禁止!)であるところなどからも、ヤハウェの父性的な側面が見られるのではないでしょうか。


次回は、エジプト脱出以後のイスラエル人の歴史についてみていきたいと思います。

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